愛宕神社に行ってきた。

愛宕神社 1998年に伺って以来16年ぶり、久々に港区の愛宕神社に行ってきました。

御祭神はこちら

  • 祭神:火産霊命 (ほむすびのみこと)
  • 配祀:罔象女神(みずはのめのみこと)・大山祇神(おおやまづみのみこと)・日本武尊(やまとたけるのみこと)
  • 境内末社:太郎坊神社、福寿稲荷神社、弁財天舎、恵比寿大黒社

〜(愛宕神社HPより引用)

愛宕神社といえば「出世の石段」が有名ですね。

こちらの石段は一段一段が高くて一気に登るのはけっこう大変なのですが、休んでなるものかと駆け上がりましたよ(爆)何せ出世の石段ですから!

そして登りきったところ。

愛宕神社-2

写真なんか撮っていますけれど、息も絶え絶え膝はガクガクです。

ちなみに、こちらの石段は曲垣平九郎という方を有名にした場所でもありまして。。

寛永11年1月28日 (旧暦)
徳川秀忠の三回忌として増上寺参拝の帰り、徳川家光が山上にある梅が咲いているのを見て、「梅の枝を馬で取ってくる者はいないか」と言ったところ、讃岐丸亀藩の家臣(曲垣平九郎)が見事馬で石段を駆け上がって枝を取ってくることに成功し、その者は馬術の名人として全国にその名を轟かせた、という逸話から来ている(講談や浪曲の定番、「寛永三馬術」で今も伝わる)。〜ウィキペディアより引用

 

この日は丁度「出世の石段祭」なるお祭りが行なわれていました。

愛宕神社-3

カメラを鞄から取り出すのに手間取ってしまい、この有様です。。(爆)

”東京では珍しい六角形の塗神輿が急勾配で有名な「出世の石段」往く様は圧巻の一言

今年は話題の「虎ノ門ヒルズ」前を初めてお神輿が渡ります

また境内ではキッチンワゴン等「お楽しみ屋台」がお祭りを盛り上げます

皆様お誘い合わせの上、お出かけください”

と、愛宕神社で頂いたハガキには書いてありました。

この時期に伺う神社ではお祭りが行なわれていて場の気が良く、楽しいですね。

御社殿に参拝させて頂いた後、末社にもご挨拶させて頂いた。

さて、そろそろおビールでも飲みませんかぁ〜?とリーダーに言われた気がしたので、出店でビールを注文した。しょうがないのでたこ焼きも注文。

ほろ酔いがまた良いのである。

境内の池には鯉がおりましてですね、社務所で鯉の餌も販売されていたので、次回は是非とも鯉の餌やりに挑戦しようと思ふわけです。

そして前回は、せっかく登った出世の石段を下ってしまったので(爆)

今回は女坂を下ったのでした。

この後、ビール片手に東京タワーを経由し、六本木へ向かいます。

 

hiro’s ambient works #2

hiro’s ambient works #2 from mnthryk on Vimeo.

制作:2011年1月
撮影:東京国際空港

今年も残すところあと1週間。
世間的にはクリスマスということで、皆様いかがお過ごしでしょうか。

今回は、二作目に作った作品です。
羽田空港は飛行機に乗る以外にもよく遊びに行きます。
ただ飛行機を見てるんです、興奮します。撮影はたしか、空港のターミナルバスに乗った時だと思います。

たまに、こんな事を考えます。
自分が身に付けているもの、例えばアクセサリーやボタン、それらをどこかに落としてなくしてしまった時に「もう二度と出会い、手にする事はないのだろうな」とか、自分が今いる場所からある場所へ移動した時に、移動する前に自分がいた今の空間を思う。自分の身体はもうその空間には存在しないのだけれども、思いは存在してるのかな。

空港にはたくさんの人の思いがあり、「感じれる」ってのが好きなんだな。空港に限らずだけど、ここにたどり着くまでに、何を思い、どう生きてきた方々だったんだろう。

都市のさまざまな装飾や演出が、今日の寂しき想いを飾る。

忘れてしまうものとして

皇居東御苑内 中之門跡

江戸城大手三の門を抜けると右手に中之門があります。

この門は江戸城本丸入り口にあたり、その警備には特に注意が払われたという。
中之門の石垣は、白い花崗岩と黒い安山岩とで築かれている。白い花崗岩は瀬戸内海沿岸から、黒い安山岩は東伊豆から運ばれたもの。元禄16年(1703)の地震により被害を受け、その石垣修理を鳥取藩主、松平右衛門督吉明が工事を行い修復された。当時の中之門の上には渡櫓があり、左手には屏風多聞櫓、後方には御書院出櫓があった。現在は土台の石垣のみが残っている。

旧中之門(明治初期)

写真は明治初期に撮影された旧中之門。

何を眺めているのか想像すると興奮します。昔の写真に写っている場所を調べては、そこへ行く。今昔、忘れてしまうものとして誰にも見えるはずなのだけれど、見ないほうがいいと思っている人もいる。向こうにいってみたい。そんな好奇心は心をしなやかにしてくれる気がします。

外堀にかかる橋の上

市ヶ谷橋より市ヶ谷八幡方面を望む

広重は、外堀にかかる市谷橋の上に立ち、第41景「市ヶ谷八幡」を描いた。
絵には広重が亡くなった翌月の安政5年(1858)10月の改印があることから二代目広重の作品という説もある。

現在は大きなビルが建っており本殿は見えない。
時を戻すと、江戸有数の歓楽街であり、背後には市谷御門。
そして市谷橋から市谷八幡の本殿、その左側に尾張徳川家を望むことが出来た。
上屋敷跡は、陸軍士官学校、陸軍大本営、陸自市ヶ谷駐屯地を経て、防衛省となっている。

市ヶ谷八幡 正面階段

市ヶ谷八幡の正面の階段。

良い階段です。興奮します。
階段の上に見えるのが広重の絵にも描かれている1804年建立の銅鳥居です。

広重がその絵をどういった目線で描いたのか。
当時を想像し、現在と同じものが描かれていたりと、興奮、いや、感動しますね。

hiro’s ambient works #1

hiro’s ambient works #1 from mnthryk on Vimeo.

制作は2010年12月。ひとつめに制作した作品です。

3年前にクレーンを撮影した場所に現在は大きく、立派なビルが建っています。
無駄のないたたずまい、穏やかに受け止めていこうじゃないか。

恐れ多いですが、投稿するにあたりVimeoを使わせて頂きました。

明日あらば明日。

夕暮れの中野学校跡地

小生はよく歩く。近所へ。遠くの店へ。歩きながら話しながら歩くのが好き。

たまにそのまま帰るのが惜しくて遠回りしたり、ふと知らない道へ向かったり。

こういうの散歩というのだろうか。散歩か。まぁいいや。

今宵ともに盃を酌み交わし、ともに酔いはて、その友に向かっていう。

明日あらば明日。

hiro’s ambient worksのはじめ

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2010年、季節は秋。

その頃から、動画や写真を撮影するようになりました。

キッカケはfreessのミュージックビデオを自分で作りたかったからでした。

その時に作った作品はNow is the なんちゃらという曲と、Anchor songです。

まぁ趣味なので「どうだ!」と、胸をはって呼べるような高いクオリティの作品ではないですが、それから月に一本くらいのペースで自身の作品を作り続けています。

このカテゴリーでは、そうした作品達を少しずつ公開してみようかと思いますので、お付き合い頂ければ幸いです。

せつないひかりの源。

20131119-1

自宅前の公園で二時間ほど試し撮りしました。ISO200 露出2

夜空の撮影初回にしてはなかなか良いではないのかと、、

満月の夜に都会の明るさでもこれくらいの写真は撮れるのがわかったので、次回はもう少し遠出してみようと思ふ。

四季のうつろい、せつないひかりの源でもあるように思う。

何処の骨かもわからない馬の骨の昆虫よ!備忘録

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なんだか最近物忘れがひどくなった気がします。

このブログは記憶すべき日々、写真、楽曲等の事柄を簡単にメモするために始めた個人的な備忘録ブログです。サイトも作りながらなので常時テスト運用にします。
まぁ、趣味なんで。

サイトのタイトルにも少し触れておこうとおもう。
お酒に酔った時に真顔で「オレなんて何処の骨かもわからない馬の骨の昆虫よ!」と語っていたそうです。恥ずかしいです。
けっこう気に入ったのでタイトルにしてみた。

私は未だ浅学非才の未熟者。
何卒、今後ともご指導ご鞭撻のほど宜しくお願いしまうま。